「手仕事の設計事務所」マドリヤについて
- Category:代表・落合のブログ
落合です。
マドリヤで日々行われていることの中で、マドリヤのみんなが優先していることや大事にしている事はなんだろう、と、ここのところよく考えています。
ブランディング、というと商売染みていて嫌ですが、会社というのはそういう言語化が必要なときもあるのです。
そもそも、設計事務所がなぜ施工にもかかわるのか。
そういったことも説明したい、できていたいと思います。
他の会社さんと情報交換をしていると私たちは、
・構造計算や断熱、省エネの計算を自分たちでやる
・設計事務所なのに大工や佐官の職人を育てている。
・勉強しに出かけて行って、試してみる。
・打ち合わせを長く、回数をかける。
・職人さんとの世間話が長い。
・工事や作業を、設計のくせにやりたがる。
というようなところが他社さんにあまりない個性としてあると思いますし、そういう光景を日常的に目にします。
何事も学習はできるし、試せるし、もし失敗してもそれが手に感触として残る、という考え方は浸透しています。
効率、とか
成果、とか
結果、とか
達成、とか
勝利、とか
私たち自身はそういうもの、「概念的なモチベーション」の優先順位が高くないようにも思います。
はっきり言って欠点かもしれません。
結論の出ない議論に延々と時間を使うのは考えものですが、ぶつけ合ってみないとわからないこともたくさんあります。これは、自分たちの身体で感じる「納得」を大事にしたいという考え方とも言えます。
思うに、ものづくりというのは対象から手に返ってくる情報(手触り)をもとに進むべき方向を探っていくことが本質なのではないかと思います。木にカンナをかけるでもそうですし、プランニングをすることもそうです。対象との対話で行われます。
なので、私たちはお客様との打ち合わせの中で、「納得できる手触り」を探しているような気がします。
私たちのデザインは、お客様がそれでいい、って仰るかどうかだけで決まらないのはそういうところが全員にあるからだと思います。
「きほんのきのいえ」についても、プランニングの制限はなく、自由にしています。
土地との対話、お客様との対話の中で、決定や方針、考え方に納得していたいからです。
そして、機械に材料を投げ込んだら勝手にできあがってくるようなものづくりにはあまり心が動かないよなあ、
そんなことを考えながら「手仕事の設計事務所」という説明の仕方を思いつきました。
本来、設計は現場からきり離れた「図面」との間接的な、だから難しくて尊い営みです。
でも、私たちはもっと触れたい、もっと聞きたい、もっと納得したい。「手仕事」にこだわりたい。
時代はAI花盛りです。
私たちもAIについては勉強し、取り組み、対話を続けています。
技術は技術、道具は道具としてしっかり活用して、現実での「手触り、対話、納得」に時間をかけられるように。
そのためにAIに期待している部分は大きいです。
情報はどんどん緻密さを増し、私たちの活動に入り込んできます。
そんな時代だからこそ、自分たちの手で感じる「納得」を手掛かりに進んでいきたいです。
私たちはマドリヤアーキテクツ、「手仕事の設計事務所」です。
落合でした。
